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さて書くか。

さて郭嘉。
祖茂、オレオレ(。・ω・)ノ



今日はこの前行ってきた三鷹についてのお話です。
一言日記をご覧になってる方はもうご存知だとは思いますが、三鷹に行って
いろいろと写真を撮ってきました!!


で、だ。
今日の記事。
なんと1回読んだだけで太宰通になれてしまうオマケ付きです!!
さぁ、これでみんなも文学少年に文学少女!!

では早速いってみましょう!


三鷹
こちらは三鷹の市美術ギャラリーです。
12月21日まで太宰治展やってます!!

こちらはかなり充実した内容になっていますね。
太宰が書いた手紙や、高校時代の教科書。
さらには、太宰が描いた絵に掛け軸、心中した相手の写真などなど。

オススメは川端康成に送った手紙。
どうしても芥川賞が欲しいんだ!!
って気持ちが脅迫めいた感じで書かれていますw

ちなみに中は残念ながら写真撮影は禁止です。

ちなみにそこでおみやげを買ってきましたw
おみやげ

YK=アギトさんの戦利品と比べると大分地味ですねw
巫女グッズとか絶対にない空気だったし




でお次が文学サロン。サロン

こちらはボランティアの方がやっているサロンです。
詳しい方が何人かいて、いろいろと質問できたりします。
こちらは写真可です。


なので一枚、パシャリ。








と、思ったら画像がない^^;
あれ?どこだ?
…探しときます。


で、次。
太宰の最期は山崎富栄さんと心中するわけですが
その心中したと言われている場所がこちら。
入水地点

ちなみに山崎さんは正妻ではなく愛人でした。
そこで関係者の方のことを考えてここには碑は建てずに
太宰の地元から持ってきた石が置いてあります。
青森の石

「玉鹿石」です。
どうやら下には何かが埋まっているらしいのですが…



で、最後は三鷹の旧居。
三鷹旧居

人が住んでるて聞いてましたけど
どう考えてもいません。
つーか、いたらごめんなさい





たまにはお散歩もいいもんですね。
興味を持った方は

一言日記


ホームページ
もどーぞw



それでは(。・ω・)ノシ


あ、太宰通になれなかったってクレームはお断りですw

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簡易年表行きますか。

書こうかな?
とは書きましたが実は書く気がなかった太宰年表ですが
少し前に書いた記事に誤りがあったのでやるしかないw

ではさっそく行ってみましょう。
小説の年譜の抜粋ですけどねw


1909年
津島家の6男に生まれる。
本名は津島修二
父は貴族院議員

1916年
金木第一尋常小学校入学
賢かったらしい

1922年
同小学校を卒業。
組合立高等小学校に入学

1923年
父が死去。
青森県立青森中学校に入学

1927年(十八歳)
官立弘前高等学校入学
泉鏡花、芥川龍之介に傾倒する。
芥川龍之介が自殺

1929年(二十歳)
カルモチンを大量にのみ自殺未遂を起こす。

1930年(二十一歳)
東京帝国大学仏文科入学
ほぼ登校せず
井伏鱒二に師事する
非合法運動に参加

カフェ女給田辺あつみと鎌倉で薬物心中を図るが
女性のみ死亡。
幇助罪に問われ起訴猶予

1931年
小山初代と同棲
俳句に凝る

1933年
『列車』
初めて太宰治の筆名で『田舎者』
『魚服記』
『思い出』
を発表

1934年(二十五歳)
『葉』
『猿面冠者』
『彼は昔の彼ならず』
『ロマネスク』
を発表

1935年(二十六歳)
大学を落第
新聞社の入社試験に失敗
鎌倉にて縊死を企てる
盲腸炎から腹膜炎を併発し阿佐ヶ谷篠原病院に入院
7月船橋に転地しパビナール中毒症にかかる。

『逆行』
『道化の華』
『雀こ』
『玩具』
『猿ケ島』
『ダス・ゲマイネ』
『盗賊』
『地球図』
『ものを思う葦』
を発表。


ということで太宰さんが船橋にいたのは激動の1935年(二十六歳)の時だったようです。
亡くなったのは三十九歳の時ですから船橋にいたのは末期なんかではないですよね^^;

とりあえず今日はこれくらいで。
続きは‥時間があればw
この後は作品も増えて面倒なんですよね

補足!!

下の記事の補足ですが
太宰さんは船橋出身ではないのです。
生まれは青森だったかな?
太宰さんが生まれた家は「斜陽館」て名前がついて見学できたような気がします。

船橋には某病院を出たあと住み始めました。
太宰さんの人生の末期のあたりですかね?


次回は覚えてたらその辺について書こうかな?
と思います。
でもどうなるかはわかりませんw

発見!!

ども( ・ω・)ノ

いきなりある日の話です。


自分「太宰の人間失格に船橋が出てくるんですよね!知ってました?」

「あぁ。太宰って船橋でいくつか作品書いてるんだよね。」




自分「まじッスか!!?」


「太宰の家があったところに記念碑建ってるよ。」


自分「まじッスか!!?」



なんたる無知orz

知らない方のために解説!!

なんとかの文豪太宰治さんは千葉県の船橋市に住んでいた時期があり
船橋で作品を書いていたそうです!!!

おいおい‥長い間船橋市民やってるけどまったく知らなかったぜ‥

これは、ばしっこ(船橋っ子)としては見に行かなければ!!!

ということで‥いろいろなものを犠牲にして行って来ました。
あ、いつ行ったかは内緒w

で、
太宰④
太宰①
こんな感じ。

観光名所的な感じでなく
ふつーの住宅街にぽつんとあるんで油断するとみつかりませんw


まったく別の場所になりますが
こちらが‥
太宰ニ
太宰③
太宰さんが植えた夾竹桃の花ですね。


うむ‥
実は勝手に運命を感じていますw

ちょうど太宰を読み漁ってたとこなんですよねw

斜陽
人間失格
桜桃
富嶽百景
らん堕の歌留多
八十八夜
蓄犬談
おしゃれ童子
俗天使
駈け込み訴え
老ハイデルベルヒ
走れメロス
東京八景

あたりは読みました^^
短編が多かったんであんまり時間はかかりませんでしたね。
つーか、長いのは
人間失格と斜陽
くらいかな?


太宰さんに関してはネガティブな作品が多いですし
本人にも若干の問題があったので
好き嫌いは結構分かれると思いますが‥




当ブログでは全面的に太宰治を応援します!!



応援もなにも亡くなった方なんですけどね。
いい言葉が浮かびませんでした^^;


そのうち太宰さんの作品のあらすじでもぽつぽつ書いて‥


誰も読まない気がする( ´д`)


まぁいいかw
そのうち太宰特集を組むとして‥
今日はこのくらいにしておきましょうかね。
では( ・ω・)ノシ

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ゲーセンと貯金箱を間違るとこうなるというお手本。
反面教師。
熱いコーヒーをストローで飲んで舌をやけど。

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ギルド全☆軍☆突☆撃
→両手剣・魔導器ときて現在はダガーでプレイ中。
と、みせかけて魔導銃でプレイ中w
と、みせかけつつこっそり魔装も始めましたw

◎戦国大戦
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うちの散華は飾りです。
鉄3 馬1 槍1 が正義。

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